読書初心者の読書記録

年に1冊も本を読めなかった奴が読書の記録として記事を書いています。

「君たちはどう生きるか」を読んでみて......

先日、映画「君たちはどう生きるか」が長編アニメーション映画部門でアカデミー賞を受賞しました。自分も映画「君たちはどう生きるか」を見ましたが、全くわかりませんでした。ジブリのドキュメンタリーを見て、こういう意味だったんだと思ったり、思わなかったり...... 結局、最後まで映画の意味を理解することはできませんでした。

 

そこで、原作はどんなことが書かれているのだろう?原作を読めば、映画の意味が少しは理解できるかな?と考えて、読んでみました。

 

話の流れ

話は主人公コペル君(本田潤一)が中学校生活や日々の生活の中で人とのつながりを考えていく話です。その中で叔父さんがコペル君の考えに対しての意見をしていくというような流れです。

正直、映画とは全く関係のない物語で、ところどころ映画のシーンであったかなというぐらいにしか、関係が無かったように思いました。

 

感想

確かに、映画とは全く無関係でしたが、物語としてはとても印象的なものでした。特に、印象に残っているのは、コペル君の友達が上級生からいじめにあう話です。内容をざっくりと説明すると、コペル君の友達の北見君は上級生から目をつけられており、コペル君の友達同士で、もしいじめられたら、一緒になっていじめを止めようという話になりました。(ちょっと内容は違うので、ぜひ原作を読んでみてください!)冬のある日、コペル君は北見君たちと外で雪合戦をして、逃げていた時、振り返ると北見君たちが上級生に囲まれていました。そこで、コペル君は一緒にいじめを止めるという約束を思い出しますが、動けず、他人のフリをします。その時、北見君の元へ友達が駆け寄り、いじめを止めに入りました。それを見ても、コペル君は動けませんでした。結局、コペル君以外の友達は北見君と一緒に上級生にいじめられることになります。その経験が、コペル君を苦しめ、「本当は行こうと思っていた」「体調が悪くて止めに行けなかった」など北見君たちに許してもらえる言い訳を探すのでした.......

ここから、コペル君がどのような行動をとって、北見君たちに説明したのかというのは、ぜひ読んでみてください。

 

このシーンは、とても共感できるところで、コペル君の気持ちが痛いほどわかりました。皆さんも、これまでの人生で、「あの時自分は~できたのに、なぜしなかったのだろう。」と思った経験があると思います。それが、身近な人に対して思ったのであれば、その後とても悩んだと思います。自分は言動などを気にしすぎるタイプなので、そんな経験をしたら、悩み過ぎてしまうことは多々ありました。小学生の時も、親に「~してしまった。」と泣きついていました。同じような経験を多くしているため、この後の叔父さんの言葉がとても印象的でした。

 

「人間である限り、過ちは誰にだってある。そして、良心がしびれてしまわない以上、過ちを犯したという意識は、僕たちに苦しい思いをなめさせずにはいない。ー中略ー正しい道に従って歩いて行く力があるから、こんな苦しみも舐めるのだと。」

 

この言葉は、何か過ちを起こしたときに悩みすぎる自分を救ってくれるような言葉でした。自分は過ちを起こしたときに、自分を責めすぎたり、くよくよ考えこんでしまいます。そう考えるのも時には重要ですが、こんな苦しみは正しい道に歩いて行く力があるからだ!と考えれば、いくらか精神的に少し楽になり、過ちから前を向くきっかけになると思いました。

 

最後に

映画を見て、原作を読んでみれば少し内容が分かるかなという気持ちで読んでみましたが、映画とはほぼ関連が無いように感じました。(自分の読解力が無いだけかも.....)もし、こういうところが関連していると考えた方がいれば、教えてほしいです!

映画と関係はなかったですが、内容は自分のこれまでの生き方、これからの生き方について考えさせられるような内容でした。この本を読んで、これから自分はどのように生きるか、人生の指針のようなものを持つ重要性を気づかされたような一冊でした。